Madam_toad’s blog

カエルを材料に進化生態学の研究をしている変わり者の独り言です。

やるなら一流を目指す。

最近改めて気がついたのだけど、

私まだ下に合わせたくないし、

頭を抑えられることというか、なんていうか、自分のレベルに引きずり込もうと(おそらく無自覚に)する人、すごく苦手だな、て。

 

私は好きなことをやる以上は

一流を目指したい。

 

うん、ぜったい。

 

 

だから

研究するなら、一流を目指す。

 

別に届かなくても、それは仕方ない。

 

だけど適当にやるくらいなら、初めから手を抜くくらいなら、

 

それならやりたくない。

 

9−17時、とにかくやり過ごせりゃいい、とか、

あくまで「生活のため」「お金のため」と割り切った仕事なら、他の、特に好きでもない事を仕事に選ぶ。そういう生き方も有りだとも思ってる。

 

ただし

自分は「好きなこと」を

だらだら適当にやる、ということができない。

 

全身全霊でしかできない。

 

 

研究はすごく好きだと思う。でなければ、ここまで這い上がってこれなかったし。同時に他のことを犠牲にしてきてる面もあると思う。けど、全然後悔がない。

 

といっても「好き」というい意味では、

本当はアートの方が好きかもしれない。

そもそも家族にはそっちの才能しか認知されてなかったし、個人的にも葛藤があった。

 

私は生物学に出会わなかったら、漫画家とかアーティストになりたかったのだけど

その場合も、

やはり全身全霊で取り組む

以外は考えたことがない。

 

だけど、絵も音楽も好きだけど、ちょっとその道だと勝負が厳しいかな、

てのは中学くらいの時から、どこかで認識していたので

後悔はない。

 

 

ええ、

おこがましいのは承知の上です。

 

二流三流に興味ないんです。

 

ない、ていうと語弊があるかもしれないけど

 

二流しか目指せないなら、

やりたくないの!

 

 

だって二流でいいや、て人は、三流以下にしかなれないから。

 

そりゃ

一流を目指しても、なれない可能性のが大きいと思いますよ。

 

自分なんて特に、エリートコースの人間じゃないし

しがないポスドクで終わるかもしれない。

死んでもさ、なかなか発見されない系になるかもしれないし、遺体処理してくれた人に『研究者だったらしいけど、何してたのか知らない』とか片付けられるだけかもしれないけど(笑)。

 

だけど

 

そんなことはどうでもいいの。

 

自分の結末は、自分は永遠に知らないから。

 

 

そりゃ他人は「結果」しか見ないけど。

 

「プロセス」は自分だけのものだから。

 

 

自分自身の、生きてる間の気持ちの問題。

 

楽しいんだもん

上を見てる方が。

 

 

もちろん、自分が二流以下であることはわかってる。

 

だけど、目指すのは自由なはず。

 

とにかく

やるなら一流を目指す。

 

またそれが

「好きなもの」に対する礼儀だと思ってる。

 

私は

全身全霊でしか愛せない。

 

 

 

今回はイマイチだった。

だけど次はもっと頑張る。

次はもっといいデータを出す。

次はもっといい論文を書く。

次はもっと、

、、、

そうして死ぬまで上を見てたい。

 

 

あと、

何をもって一流かとかそういう基準とか評価も、自分で決める。

 

人がどう言おうが、それはその人の意見なので。

本質的には自分に関係ない。

 

 

そして

自分だけでも、自分の可能性を信じ続けるの。

 

 

 

だって、

人生は一回きりだから。

 

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