Madam_toad’s blog

カエルを材料に進化生態学の研究をしている変わり者の独り言です。

ありがとう、中久喜先生。

2018年12月、中久喜先生の最後のセッションが終わった。都内のとある高級老人ホームで。

 

私と中久喜 先生先生のお付き合いって、かれこれ15年以上に渡るのではと思う。

 

初めは、電話でお話しした時、ちょっとそっけないというか、冷たい感じの声にも感じましたけど、

実際にお会いしてみたら、すごく自然体で、一部のお医者さんにあるような、いわゆる威圧的な感じとか、 患者を下に見るような雰囲気が一切なく、あまりにもナチュラルにプロとしての落ち着きを払っていて、

「あぁこれまで接してきた医師と違う。」

と当時26くらいだったと思うけど、精神科でのいろんな経験を経た自分にはすぐにわかった。

「この人は信頼できる」 と。

 

私が精神科に初めて通い出したのは、19歳のころですが、当時は今よりもハードルが高いところで、自分も大鬱の症状で寝込み出してから、実際に病院に行くまで、かれこれ3ヶ月くらいかかってしまった。

最終的には、確か夕方のテレビのニュースか何かで、鬱についての報道特集を見る機会があり、それで、「これは私のことでは?」と初めて自分の症状について客観的な視点から、病気を疑った。

近所のかかりつけ医に紹介してもらった医者にかかるようになり、そこで初めて抗うつ剤を含む向精神薬を何種類か処方されるようになった。しかし結果的には、この抗うつ剤がキッカケにもなり、半年後にもっとややこしい症状を呈するようになる。

 

自分が拗れたのは、そう、躁転したせい。

普通、うつ病患者は躁転しない。私はもっとヤバい部類にいたわけだ。

 

辛さで言えば大鬱の方が辛いのだが、躁状態はまた別の意味でとても恐ろしく、私は怖くなって自分から病院に行くことにして、そのまま入院している。退院までは、5ヶ月かかった。

 

まぁ軽く書いてしまったが、この経験は相当重い。29歳でも躁転で3ヶ月ほど入院してしまってるし。

ってこう書くと凄まじい10年間だったようにも感じるけど、特に症状が出てない期間は、パートしたり遊んだりはしてたので、全く20代がなかった訳ではないのだけど。

まぁそれでも、自分の人生に今だに暗い影を落とし続ける大きな経験ではあるのは間違いないですかね。

それと、自分の場合、薬なしに躁転することはなく、要するに、善かれと思って処方した薬が合わないことがある、それが厄介なのだ。単純にいえば双極性障害の人、となるのだけど、その辺の診断も結構難しいそうで。

 

中久喜先生の冷静な診断によると、私は双極性障害とはいえないらしい。何回か聞いたけど、2型っぽくもみえますよね?とか、聞いたけど、いつも

『違いますよ』とかえされた。

 

あと割と最近も、自分のおっちょこちょいで注意欠陥でしょーもないところが気になって、

「私、発達障害ですかね?ADHDッぽいし」と聞いたけど、これも

『違いますよ(笑)』とかえされた。

 

 

10年以上の付き合いで、言われたこと(診断?)といえば、

気分障害

・薬への感受性が高い

 

それくらい。

 

 

 

最初にお会いした当時は、泉岳寺の高級マンション、それから六本木の高級マンション、そして最後、田園調布に移り(いいとこばっか)

 

初めの頃は月1回のペースで。

2ヶ月か、それ以上に空いたこともあったけど

ここ1、2年はほぼ月1で通ってたと思う。

 

今年の夏、約束した時間に尋ねてみたら、、、いらっしゃらない。

電話しても留守番。。。

 

そのまま、病院から老人ホームに異動され、年内で引退する運びとなることに。。。

 

 

12月、ホームの応接室にて、3回目のセッション。

 

これが最後。

 

 

 

15年前に比べたら、私はだいぶ落ち着いたし、気分の波も小さくなったけど、

"なんとなく抑うつな状態"には度々なるし、特に季節の変わり目、年2回くらいは数日から1週間くらい、何もできなくなることがある。

 

 

どんな暗いムードで尋ねても、どんなにネチネチ不満を述べても、

いつも動じない、ものすごい安定感のある中久喜先生。

 

1時間お話しするだけなのに、

誰と話すより落ち着く。

 

誰にも会いたくない日でも、

中久喜先生とだけは会えた。

他の誰にも言えない話をできた。

 

先生がいよいよ引退されると聞いて、私も、ほかの先生を紹介してもらうべきか、迷ったけど、

 

『Madam_toadさんは大丈夫ですよ。自分でなんとか出来るでしょう』

 

そう、もう特に医者にかかるほどの状態じゃないでしょ、

と、お墨付きはもらった。

 

 

なんだかんだ、メンターであったのだ。

 

他に信頼できる、頼れる人がいなかったから。

 

心の拠り所みたいな感じがあった。

 

 

自分の場合、どうしても素人はやはりちょっと頼りないとこがあって

精神科の医師な上にカウンセリングもできる、という方は本当にいないんで。

 

中久喜先生の代わりはちょっと見つからないかなぁ...

 

 

経験に裏打ちされた知性。そして包容力。

 

 

そこに信頼を置いてきたのだと思う。

 

 

具体的なセッション内容、先生の個人情報に関わる事は控えざるを得ないけど、

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

素晴らしい方に出会えて、救われて、

 

私は幸せ者だと思う。

 

 

 

 

力動的精神療法入門―理論と技法

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